梅干し 即効性のある安定した効果

 

 保存がきき、殺菌効果もある梅干しは、古くから多くの人に食べられてきた。中国から日本に梅が伝わったのは、平安時代より前だといわれている。中国では梅の実がもつ薬効から、「烏梅」といわれる漢方薬として使われてきた。日本では、室町時代には梅干しや梅酢がつくられ、江戸時代には庶民の生活の中にとり入れられていた。

 

 四十八歳のH子さん(女性)は、性事と家事の両立の毎日で、日ごろからストレスを感じていた。食事は夫に合わせて肉料理が中心で、揚げたりいためたりする料理が多い。見た目はほっそりとしているが、本人は「見えない部分に脂肪がついている」と話す。酒は飲まないが、甘いものが好物。血圧、コレステロールは正常値内だが、ここ数年、体がなんとなくだるく、肩凝りや腰痛にも悩まされていた。また、冷え性で、冬は靴下をはかないと眠れなかった。そんなH子さんの血液の流れはどうだったろうか。

 

 流れはじめてから少しのあいだは順調だったが、しばらくすると血小板が凝集し出した。かたまりはどんどん大きくなっていく。しまいには流路の入り口をふさいで、血液はほとんど動かなくなってしまった。通過時間は一〇七・一秒。女性の平均より二倍以上、遅い。さすがに、この結果にH子さんはショックだったようだ。「この私か……」という表情をしている。

 

 そこで、梅干し一個を食べてもらい、一時間後にまた測ったところ、結果は、五六・〇秒。先はどの半分ほどに減っていた。「よかった!」H子さんはこぼれんばかりの笑顔をみせた。梅干しは「トロトロ」血液を「サラサラ」にしたのだ。「梅干し一個がたった一時間で、血液をこんなに変えるなんて」H子さんは驚きを隠しきれないようすだった。 このほかにも、「トロトロ」血液が梅干し一個で「サラサラ」になった例をあげればきりがない。四十四歳のK子さん(女性)は、医療関係の仕事をしている。昼夜逆転の生活や月に一~二回は徹夜することも珍しくない。忙しくなると時間が惜しいため、店屋物かスナック類とコーヒーでお腹をふさぐという食生活になる。そうなると便秘になり、髪はパサパサ、顔中に吹き出物

ができはじめる。それでも生活がかかっているので、しかたがない。もう少し余裕がほしい。そんなK子さんも梅干しの効果に驚いた一人だった。

 

 梅干しを食べる前の測定では、血小板が凝集して流路をふさいでしまった。白血球の粘着能も高まり、くっついていた。通過時間は匸一七・三秒。「血液が流れていないみたい」だった。そこで、梅干し一個を食べてみると、結果は、五八・六秒。時間は半分以下に減っていた。

 

 「トロトロ」血液への梅干しの効果はバッケンだったが、もともと血流がよい人にも効果があるのだろうか冫。

 

 Y子さん(七十歳)はとても実年齡にはみえないほど若々しい。家事をこなすかたわら、四十歳で取得した指圧技術で間業し、たまに施術している。指圧を習う以前は冷え性に悩み、食べたらすぐ胃が痛くなるなど、胃腸の調子が悪かった。疲れやすくもあった。現在は、そうした症状はまったくなく、健康そのものだ。夫と二人暮らしで、食事は野菜が中心。素材をゆでる調理が多い。自家製のぬか漬けを毎日食べている。魚も好きで、一日に一食は魚を食べる。父親と兄二人が心筋梗塞で亡くなっているが、血圧は上が一四〇四晦(ミリ水銀柱)、下が九〇皿販と間題はない。

 

 そんな健康そのものといったY子さんの血液の流れは、思ったとおりバッケンだった。毛細血管モデルの通過時間は、三七・〇秒。上どみなく目にも止まらぬ速さで血液が流れていく。そこで、Y子さんに梅干し一個を食べてもらった。一時間後に採血した結果は、三二・一秒。「サラサラ」だった血液は、さらに五秒もその流れがはやくなっていた。

 

 梅干しは、血流が悪い人も、よい人も、ともに流れをよくする効果がみられた。しかも、食べてから一時間で、その効果をあげていた。その後、多くの実験を繰り返したが、梅干しを食べて、血流改善効果がみられなかった人は、一人か二人。血液の流れをよくする食品として、梅干しはすぐれていることがわかった。

 

 では、なぜ梅干しを食べると、血液の流れがよくなるのだろうか?

 

 それは、梅干しの酸っばさのもとであるクェン酸の効果によるものと思われる。梅干しにはクエン酸が一〇〇グラム当たり三・三グラム含まれている。これはレモンの二・四グラムよりも多い。細胞の活性化、平滑筋の収縮、また、血小板どうしの凝集、白血球の粘着、血液が固まるといった反応には、カルシウムイオンが不可欠だ。クェン酸にはキレート作用(体内にある銅などの金属に付着して体外に排出させる作用)があるので、カルシウムイオンとくっついて、そうした働きを弱めるのだ。

 

 採血するときに、クェン酸やEDTAと呼ばれる物質を用いて、血液を固まらないようにする方法があるが、それは、クェン酸やEDTAがカルシウムイオンとくっついて、その作用をおさえることを利用している。クェン酸やEDTAを注入した血液を毛細血管モデルに流すと、血小板が凝集せず、白血球も粘着しないので、血液がサラサラと流れるのを観察できる。ただ、誰の血液でもサラサラに流れてしまうので、「サラサラ」、「トロトロ」の判定ができない。その点、ヘパリンという物質を用いて血液を止まらなくすると、「サフサラ」の人、「トロトロ」の人と、個人個人の違いが明らかになってくる。

 

 こうしたことからも、梅干しのクェン酸が血流改善にきいているのだと思う。しかし、梅干し一個に含まれるクェン酸で十分に説明がつくかどうかは明らかではない。ひょっとすると、唾液の量なども関係して、別のメカニズムが作用しているのかもしれない。

 

 梅干しを毎日食べるというと、高血圧を心配される人がいるかもしれない。しかし、その心配にはおよばない。高血圧は必ずしも塩分が原因とはかぎらないからだ。高血圧になる原因は、むしろ血液の流れにくさにある。流れにくい血液を無理やり鍠そうとするから血圧が高くなるのであって、塩分が原因で高血圧になる人は意外と少ない。

 

 塩分のとりすぎで、容積一定の血管に対して血液の量が増えて血圧が上がる高血圧のタイプと、血液が流れにくいので血圧を上げて血液を無理に流しているタイプの高血圧とは、明らかに異なっている。前に述べたように、気にしなくてよい高血圧と気にしなければならない高血圧の違いだ。だから、塩分を気にして梅干しを避けるより、血流をよくするために食べたほうがすっと健康にはよいといえる。それでも塩分が心配なら、ほかの食品で塩分をひかえるようにするとよいだろう。

 

 昔から日本では、ご飯のおかずや食後のお茶うけに一粒の梅干しを食べてきた。食後は、一時的に血液中にカイロミクロンレムナント、VLDLレムナントが増えるため、血小板の凝集能が高まることを述べた。梅干しをとることは、それを防ぐ無意識の知恵だったのだろう。梅の作用を考えると、この習慣はぜひとも残しておきたい先人の知恵だ。