ひとつの細胞を複数の専門家が判定する

 細胞診は病理診断のひとつだ。病理とは、病気の原因を突き止めたり、病変がどのようにできたかを科学的に研究したりすること。細胞診断のほかに組織診断と解剖検査がある。組織診断は病理組織(手術で摘出された臓器や内祝鏡で採取された組織切片)の診断、手術中の迅速診断をする。解剖検査は亡くなった方の遺体を解剖して、病気の進行や治療効果、死囚などを診断する。

 

 病理部では、ふっう、病理専門医、細胞診専門医、臨床検査技師(細胞検査士を含む)が働く。病理専門医は病理組織を診断する。細胞診専門医は細胞検査技師の判定について、診断を確定する。臨床検査技師は、血液、尿、超音波、心電図、脳波などの検査の判定、病理組織の標本作製、細胞診の判定などをする。細胞検査士は臨床検査技師の中の専門職になる。

 

 細胞検査士はどのように細胞を判定していくのか。

 

 竹工社会保険病院(さいたま市浦和区)には1日50~60人分、多いときには100人分の検体が運ばれる。細胞検査士は、まず顕微鏡でプレパラートを観察しながら細胞の異型度を識別する。ふつうは、1枚のプレパラートを5分程度で処理するが、場合によっては、1枚を30分以上見続けなければならないこともあるという。

 

 「とくに、肺がん検診の喀痰細胞診はたくさんの良性細胞の中から、ごくわずかな悪性細胞を見つけ出すため難しいですね」

 

 悪性と判定された標本はがんの種類も判断される。がんの悪性度や浸潤度(がんの広がり)がわかることもある。その後、細胞検査士の判定について、細胞診専門医が診断書を書き、主治医ご報告する。

 

 「細胞検査士は細胞を四六時中見ていますから、悪性細胞を探す専門家です。一方、細胞診専門医は細胞検査士が出した判定について、医学の知識を含めて総合判断します」

 

 たとえば、細胞検査士が「腺がん細胞(がん細胞の種類の一つ)が見つかりました」と報吉する。細胞診専門医は「この場所に腺がんができるかな」という別の視点で見る。

 

このように、一つの細胞を役割の異なる二人が判定し診断に結びつける。

 

 細胞診では、もちろん100%の正確さを目指している。細胞検査士2人が判定するダブルスクリーニングをとっている病院も多い。が、それでも全体の約数%の検体には良性か悪性か、どうしても判別困難な細胞があるそうだ。是松さんは言う。

 

 「悪人でも、すごく悪そうな顔をしている人と、一見、とても人の良さそうな顔をした悪人がいますよね。細胞も同じです。その善人面した悪人をいかに的確に見分けるかが、私たちの腕の見せどころです」

 

 患者にとって、診断の間違いは人生を左右する。

 

 「この仕事は決してごまかしてはいけない。つまり、わからないものはわからないとしたうえで、疑問点はスタッフ、専門医と納得いくまでディスカッションして判定します」

 

 一番避けるべきことは、がん細胞なのに「異常なし」と診断すること。それをなくすため、顕微鏡を通していくら見ても、良性か悪性か判断がつかない場合は「疑陽性」の判定を出し、今度は体内の組織を採取して顕微鏡で判定する手順を踏む。組織を採取する検査は、体に痛みをもたらすことが多いので、まず細胞で診断することが多い。一方、「がん細胞と診断されたが、切除してみたらがんではなかった」ということもある。

 

 「私も30年問、日々、細胞を見続けていますが、やはりどうしても判定が微妙な細胞というものはあ・ります。100%の診断率を目指していますが、さすがに、そんなときは限界を感じますね。そのため、ほとんどの病院ではリスクマネジメントをしているものです。たとえば、臨床医の画像診断や血液検査の結果と細胞診の判定が異なる場合は、主治医が必ず再検査して、部の総合判断で結果を出すなど、チームワーク体制で臨みます」

 

 是松さんでも、かつて細胞検査士になったばかりのころは、たびたび先輩や臨床医から判断の間違いを指摘された。

 

 「初心者だったころの経験は、いまでも忘れませんね。どんな間違いだったか、そのときの細胞を絵で書くこともできます。患部を切除した医師には『がんがありましたよ』と言われましたが、正常細胞に近い形のものだったので、当時はどうしてもそれががん細胞に見えなかったのです」

 

 こんなに良く仕事を続けることができたのは、そういう経験がめったからという。「自分は何度見ても、良性か悪性か判断できない。でも、先輩はこともなげに『それはがん細胞ですよ』と言う。見える人には見えてくるんだとわかったときから、どんどん勉強するようになりました」

 

 日進月歩の医療の世界で働くには、ベテランになっても専門的な勉強会には出席しなくてはならない。是松さんも毎月1~2回、学会やセミナーで指導したり勉強したりしているという。細胞検査上の資格は4年ごとに更新もしなければならない。

 

『がん闘病とコメディカル』福原麻希著より 定価780円