体液量を保持するしくみ

 

レニンーアンジオテンシンーアルドステロン系(RAA系)は、生物が陸生へと進化したときに備わった体液調節系です。陸上で生活すると、身体はただちに乾燥にさらされます。乾燥すると体液量は減り、やがて血圧も下がります。そこでこれを防止する尿細管のセンサーとして傍糸球体装置が形づくられました。尿細管巾の濾過液の流量や塩素濃度上昇にフィードパックする形で一つ一つの糸球体の濾過量減少が生じますが、これは傍糸球体装置からのレニン分泌に引き続いてRAA系が活性化し、その結果、流血中に生成されたアンジオテンシンHにより、もたらされます。アンジオテンシンHの作用はそれにとどまらず、全身の動脈を収縮させ、血圧を上昇させます。さらに副腎に作用し、アルドステロンという尿細管のナトリウム再吸収を増加させるホルモン分泌を起こします。つまり尿細管での「体液量が不足」との情報は、糸球体濾過量の減少、全身の血圧ヒ昇、ナトリウム再吸収亢進と三重の体液量保持を実現するのです。RAA系なしには、動物の陸上生活への移行という大冒険は不可能でした。

 

 現在の人間の生活でナトリウム(塩)摂取に困ること、水の確保に困ることがほとんどなくなると、「RAA系は文明社会の人間に必要なのか?」という議論が起こりました。多くの生理学者は文明化された生活でもなお人切な系だろうと考えていました。しかし一九七〇年代にRAA系を阻害し、アンジオテンシンHの生成を抑える薬剤アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)や、アンジオテンシンHの作用そのものを阻害する薬剤アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が間発され、それを健常人に投与してみると、人きく血圧が下がりすぎるなどの重大な変化はほとんどみられないことがわかりました。

 

 いま世界で食塩を得るのに苦労する生活を送っているのは、ごく少数の人々に限られます。この人たちの食塩摂取量は一日ニグラム以下で、RAA系は強く活性化され、身体の食塩保持に十分役立っています。食塩摂取量が一日四~一ニグラムの我々を長いあいだ食塩摂取を極端に少なくした生活に置き、その人たちと似た状態に置くと、RAA系は活性化し、先ほどあげたRAA系を阻害する薬剤で血圧は急激に下がるようになります。

 

 陸上生活への移行になくてはならなかったRAA系は、食塩、水に困らない生活では無用の長物と化しています。それどころか2章で述べるようにRAA系阻害薬が降圧薬にとどまらず、「腎保護薬」として期待されている事実は、RΛA系が害悪をもたらす存在になってしまったと考えられます。

『腎臓病の話』椎貝達夫著より