脳動脈瘤破裂事件

 脳動脈瘤クモ膜下出血の原因となる。過去には、発見されると開頭手術で治療されていた。開頭手術では重篤な合併症が起こりうる。動脈瘤が破裂する頻度は必ずしも高いものではない。最近は、動脈瘤の手術が手控えられるようになってきた。さらに、開頭手術に代わって、カテーテルを動脈内に入れて、これを患部に誘導し、カテーテルを通じて治療する脳血管内治療が広く行われるようになった。ただし、脳血管内治療も大きなリスクを伴う。すべての動脈瘤が治療対象になるわけではなく、破裂のリスクが高く、かつ、本人が治療を希望する場合のみ治療が行われる。保存的に経過をみることを選択した患者は、クモ膜下出血のリスクを引き受けなければならない。治療するかしないかは、引き受けるべきリスクの性質の選択でもある。脳動脈瘤が存在することは、生存のための条件を悪くするが、それを医師のせいにすることはできない。

 A病院で脳血管内治療時、脳動脈瘤から出血する事故があった。脳動脈瘤を治療すべきか経過観察するのかは重要な決定である。この症例でも、外来段階で十分な相談がされていた。また、術前に、治療の目的、方法など詳しい説明がなされていた。合併症として手術時に動脈瘤から出血する可能性があることが説明されていた。文献上の確率、当該病院での成績も提示されていた。出血が起こると死に至ることもあると説明され、同意が得られていた。これらの説明は口頭ではなく、文書でなされていた。

 脳動脈瘤の壁は破れやすい。術中にガイドワイア、あるいは、動脈瘤内に留置すべきコイルが壁を貫き出血した。この事故で最終的に患者は死亡した。家族が警察に届け出た。警察の取り調べの後、ショックで三〇代半ばの担当医はしばらく勤務できなくなった。警察で肉体的暴力を受けた訳ではない。この担当医は、心理的に追い詰められて、以後、リスクの大きい業務を止めた。本来の専門医療にたずさわることが危ぶまれたが、一か月後より、少しずつ本来の業務に復帰できた。

 一般的に医師は、ごく普通の人と同じく、強くない。暴力を背景にした攻撃には極めて崩れやすい。常々、反省ばかりしているので、その反省点をつかれると防御できない。この医師は単に事情聴取を受けただけで送検されたわけではなかったのに、これだけのダメージを受けた。