民事裁判対策としての刑事事件化

 刑事事件として報道されると、民事裁判が有利になる。賠償金が跳ね上がる。三宿病院事件では民事裁判を介しての和解で、多額の賠償金が病院から患者家族に支払われた。司法解剖の詳しい所見が提示されなかったために、事故がなければ、手術で病気が根治できたということを前提とした金額が支払われた。下剤だけで腸管破裂をきたしたことから、大湯が極めて脆くなっていたと思われる。私は進行癌だった可能性が高いと思っている。そもそも長生きできなかったかもしれない。それを推測できる司法解剖の詳しい所見を警察は開示しなかった。送検前の段階で刑事事件として大きく報道されたことをきっかけに、三宿病院の上部団体が動いた。民事で争うことを止めた。病院側は反論せずに和解金を支払った。当事者は刑事裁判でも、民事裁判でも反論できる状況になかった。報道が状況を作った。その報道は警察の発表に依拠している。

 民事裁判の審理中に刑事事件として報道させることが、民事裁判に勝訴し、かつ、賠償金を高くするための手段として今後広まる可能性がある。

 患者側で活動している弁護士から聞いたことだが、依頼者から事故に関与した医療従事者の刑事責任の追及を要請されることが多くなっているという。患者側弁護士は民事専門であり、刑事事件については十分な知識経験をもっていない。弁護士は代理人としての立場上、刑事責任を追及することの是非とは関係なく、依頼者の意向にしたがって、告訴状や被害届の提出を引き受けざるをえない。実際に、患者側で活動している弁護士の多くが、刑事責任追及のための活動を行った経験を有しているという。民事事件と刑事事件では医療従事者に与えるダメージに大きな差がある。刑事事件で有罪になれば、犯罪者と認定されるのであり、医療従事者としての将来への影響は大きい。医療従事者として働けなくなるかもしれないし、働けたとしても、目立たない場所で細々と生きていくしかない。影響力のある地位につくことは生涯不可能になる。刑事事件として告発することに、一部の弁護士はためらいがある。その是非については、患者側弁護士の団体では、十分な議論がされていないという。

 医療事故では、刑事事件として報道されると、互いの主張を尽くさせるという本来の裁判の機能が失われる。この状況を法治国家として放置してよいことかどうか考える必要がある。