運動不足の血液

 

 最近、ウォーキングや山登りなどが、中高年のあいだで人気かおる。すぐにできる、体への負担が少ないというのが、受け入れられている理由だろう。でも一方で、運動をまったくしていない人たちもいる。忙しくて運動どころではない、運動するなら体日は寝ていたほうがいい、といった声も聞こえてきそうだ。だが、ちょっと待ってほしい。一日にまったく運動しなければ、血液はどうなるだろうか?

 

 血液の流れと運動の関係を調べた実験かおる。成人の男女四〇二人にアンケートをとって得たデータだ。それによると、毎日運動をする人たちと、まったくしない人たちでは、血液の流れに 毎日一時間以上、運動する人は、毎日三〇分以内、毎日一時間以内、ときどきする人よりも、血液の流れは遅くなっていたのだ。これは、なにを意味するのだろうか。

 

 おそらく、アドレナリン、ノルアドレナリンが血小板の凝集能を高めているのではないだろうか。運動中は活発に交感神経が活動する。副腎髄質からもアドレナリンがさかんに分泌される。ストレスへの応答の場含と同じだ。ノルアドレナリンとアドレナリンは、ほとんど同じ構造で作用も同じだ。カテコールアミンとも呼ばれる。アミノ酸チロシンあるいはフェニルアラニンからつくられる。また、運動中は血流は速くなる。血流の速い状態は、血管壁にすれる力を与えるだけでなく、血小板にもすれる力を与える。それによって、血小板の凝集能は高まることになる。赤血球が増加して、血液が濃くなるのも、流れを悪くする方向に働く。ただ、今述べたことは私たちが運動をやりすぎた場合のことだ。

 

 スポーツ選手の血液はどうなっているのだろうか? 血液が流れにくくなっていては、とても競技は無理だ。だが実際、心配は無用のようだ。練習をつむと、体の反応がまったく違ってくるのだ。

 

 いつごろからかわからないが、私が若いころは「運動中に水を飲かな」といわれたものだ。真夏の炎天下で、汗を流しながらも水の補給を行わない。「苦行」か「しごき」か、といった光景がスポーツの現場では繰り広げられていた。今、試合す練習中に水を補給しないスポーツ選手はいない。運動中の水分補給が重要だと認識されたからだ。しかし、そういわれはじめたのは、比較的最近のことだ。

 

 運動をすると、血液の中の水分が汗となって体外に出される。すぐ、血管のまわりの組織から水分が移動して補うが、もともと血液は、コンデンスミルクのような濃さをもった液体だから、水分が少しでも少なくなると、その分、赤血球や白血球、血小板などの血液細胞の比率が高くなる。流れは当然、悪くなる。血液の流れが悪くなれば、供給される酸素や栄養が不十分になる。運動中の水分補給は、血液をドロドロにしないために、とても大切なことなのだ。試合中に水分補給を行うようになって、選手の記録は間違いなくのびたはすだ。

 

 激しい運動をするスポーツ選手だけでなく、一般の人が運動をするさいにも、十分な水分の補給が必要だ。特に、高脂血症などで血液がドロドロになりやすい人は、血液中の水分が減ることで、血液の流れが悪くなる可能性が高い。そうすることによって、動脈硬化を悪化させたり、心臓に負担がかかる。「運動には十分な水分」を意識し、適度な運動が大切だろう。

 

 適度が大切ということは、飲酒についてもいえる。「まったく飲まない」人たちの血液の流れがいちばん悪い、という結果が出ている。はっきりとした違いがみられた。

 

 毎日三〇分以上一時間未満運動をする人たちが、一〇〇マイクロリットルの血液を流すのにかかった時間は平均四四・六秒。一方、まったくしない人たちは五四・二秒で、一〇秒の違いがみられた。明らかに、運動をする人たちのほうが、血液の流れがいいことがわかる。

 

 また、運動をする人たちの通過時間の分布は、四〇~五〇秒とその幅が狭いのに対し、まったくしない人たちの分布は、四〇~七〇秒とその範囲が広い。運動をしていない場合、かなり個人差が出るが、運動をしている場合は、血液が「よく流れている」傾向でブレが少ない。

 

 運動するとは、筋肉を収縮させたり弛緩させること。収縮と弛緩が繰り返されれば、筋肉の中の血液の流れもよくなる。血液がサラサラになると、血液の流れがよくなるのは当たり前だが、運動をしていると、ドロドロの血液でもしだいに流れやすくなってくるのだ。一方、運動をまったくしないと、どうなるだろう?

 

 私たちは日常生活で、なにもしなくても一日一四〇〇キロカロリーを消費している。基礎代謝量と呼ばれるものだ。しかし、ほとんどの人が、一日一四〇〇キロカロリー以上を食事からとっている。それは、運動をするためだ。脂肪分の多いものを食べ、運動をせず、消費するエネルギーが少ないと、肥満するのは当然として、食後の高脂血症が長く続いて、血液はドロドロになる。基礎代謝量は年齢とともに減っていく。食べる量を増やしていないのに、大ってくるのはそのためだ。

 

 最近、中高年の登出が静かなブームになっている。日本の三〇〇〇メートル級の出ぐらいなら、そう間題はないが、標高四〇〇〇メートルをこえるような出では、高山病がおこりやすい。環境が低圧低酸素状態になり、めまいやふらつき、頭痛、疲労感のほか、ひどいときには肺や脳に水がたまって、生命が危険にさらされる。

 

 気圧が下がり、酸素の量が減ったとき、私たちの血液の状態はどうなるのだろうか?

 

 ここに、高地での血流のデータかおる。私の共同研究者のOさん(男性・二十五歳)は、ヒマラヤ登出を初めて経験。それでも、血流測定の装置を分解してかついで登り、ベースキャップで再び組み立てて、自分の血液の流れにどんな変化があるがを測ってみようという元気者だ。

 

 出国前の血液の流れはスムーズだった。一〇〇マイクロリットルの血液が毛細血管モデルを通過する時間は、四五・四秒。これは男性の平均時間より、五秒速い。ところが、ヒマラヤの標高四四〇〇メートルのベースキャンプでの結果は、血液がドロドロの状態だった。滞在して六回めの測定では、血液が途中で完全につまってしまい、測定はできなかった。白血球は毛細血管モデルの流路にくっつき、血小板は凝集してかたまりをつくった。それによって流路はふさがれた。血液の通過時間は八一・四秒。完全につまってしまった六日めとくらべると、よくはなったが血小板は凝集している。二二の結果は五五・五秒だった。実は、六日めまでは、高出病がひどくて、とても測定どころではなかったのだ。六日めにやっと元気が出て、装置を組み立て、測定したところ、まったく流れない自分の血液を囗にしたのだ。

 

 高地では、血液の流れが悪くなる結果が出た。何が影響しているのだろうが。四四〇〇メートルの高地の酸素の濃度は平地より低い。気温は一四~二二度。体が低圧と低酸素環境にさらされて、自律神経系と内分泌系が乱れに乱れた。その結果、白血球も血小板も活性化されてしまったのだ。血液が流れにくくなって生じたのが、高出痼の症状。頭痛は、脳の酸素不量のあらわれだ。循環が滞ったため、組織を還流する水の流れも滞る。顔はそのため、むくんだムーンフェイスになる。顔のむくみは一目瞭然だが、実は目に見えないだけで、すべての組織がムーンフェイス状態になっているのだ。夜はほとんど眠れない。血液の流れやすさが回復するにつれて、高山病の症状も改善されてくる。五五・五秒では、本人は完全に回復したと思ったはずだ。