貧血の誤解

 

 血液は全身に酸素を送り届ける。酸素と結合するのが、赤血球に含まれるヘモグロビン。ヘモグロビンの量が減ると、酸素の供給が不足し、さまざまな臓器や筋肉などの組織が酸素不量状態になりやすい。これが貧血だ。貧血でも、血液が流れにくい場合と同じ症状が出ることがある。ヘモグロビンの量は赤血球の量に比例する。血液中に占める赤血球の割合はヘマトクリットと呼ばれ、男性では四〇~五〇パーセント、女性では三五~四五八-セントだ。だから、「女性は男性より貧血ぎみだ」ということになる。貧血が間題になるのは、今述べたように血液が運べる酸素の量が減るからで、そのため、貧血だと疲れやすくなる。また、多くの組織で、機能不全がおきやすい。

 

 しかし意外なことに、貧血であっても症状がない場合のほうが多い。それは貧血の場合、血液が流れやすいことが多いからだ。その場合は、酸素が十分に供給されている。反対に、ヘモグロビンが多い場合、つまり赤血球が濃い場合は、血液が流れにくい場合が多い。どちらの影響がより重大かというと、血液が流れにくいほうの影響がより重大だ。

 

 これまでの貧血に関する議論では、この「血液の流れやすさ」の間題が見落とされてきた。組織に運ばれる酸素の量は、血液に含まれる酸素の量と、血液の流れの速度の積であることが見落とされがちだったのだ。血液に含まれる酸素の量は、血液中の赤血球の割合に比例する。一方、血液の流れの速度は、血液の流れやすさに比例する。ここまでは、多くの研究者もよく理解している。

 

 しかし、もう一歩進んで、そこから血液が流れやすければ、赤血球の割合は少なくてよい。反対に、血液が流れにくければ、赤血球の割合は多くなくてはならない、という関係が出てくる。しかし、その関係になかなか思い至らなかった。

 

 赤血球の割合が多いと血液は流れにくく、赤血球の割合が少ないと血液は流れやすくなる。それに加えて、血液が流れにくいと赤血球の割合が多くなり(多くなければならない)、流れやすいと少なくなる(少なくてよい)という関係が存在すると、いったいどうなるか。このあたりで、多くの医学・生物学の研究者の理解能力をこえてしまうことになる。

 

 AならばB、BならばAという関係は、物理学や電子工学ではなじみ深いものであり、フィードバックループと呼ばれる。そのフィードバックループは、AとBの安定点(収束点)をもつことが導かれる。血液の流れやすさは赤血球の割合に依存するという関係と、赤血球の割合は血液の流れやすさに依存するという関係があって、赤血球の割合と血液の流れやすさのあいだには、フィードバックループが存在することになる。

 

 赤血球の割合の収束点は個人個人で違うが、男性では平均四五パーセント、女性では平均四〇パーセントである。この平均値より高いヘマトクリット値である人は、血液がより流れにくいと考えて間違いないであろう。反対に、平均値より低いヘマトクリット値である人は、血液がより流れやすいと考えられる。

 

 「女性は貧血」というイメージがあるが、これが大きな誤りであることに気づいていただけただろうか。

 

 つまり、「貧血」の実態を血液の流れからみれば、女性の血液が男性の血液より流れやすいことを示しているのだ。私たちの実測では、血液の流れやすさに男女間の差があることがはっきりしてきた。女性が貧血なのではなく、男性が多血なのだ。多血は血液が流れにくいことを示し、けっしてよいことではない。多血であるために、男性は女性にくらべて寿命を短くする結果になっているのだ。

 

 「女性は貧血」と短絡的に考えられたもう一つの理由は、女性は生理で出血することだ。しかし、どれくらいの量の血液を失うのか、それによってどれくらいヘマトクリット値が下がるのかを計算してみれば、生理の出血では「女性の貧血」は説明できないことがわかったはずだ。ただ、この出血が女性の血液の流れやすさに貢献している可能性は大きいかもしれない。

 

 それにしても、「女性は貧血」は、男性中心のものの見方がそのまま出てきているものであり、研究者の考え方にも、知らず知らすのうちに、男性中心の考え方が入り込んでいる。「女性は貧血」といいながら、男性は早死にしているのだから、本当に賢いのは女性のほうなのだろう。

 

 「女性の貧血」と関連して興味深いのは、耐久競技の選手が練習をつむと、しだいに「貧血」になってくることだ。これは、「スポーツ貧血」として知られ、スポーツ医学の世界では、大きな間題となってきた。「どうしたら、スポーツ貧血を防げるか」と。ここでも、「貧血はよくない」という固定観念が、いかに抜きがたいものであるかがみてとれる。

 

 最近では、この「スポーツ貧血」は、血液の量が増えて生じる「見かけ上の貧血」と理解されるようになった。しかし私は、血液が流れやすくなって、赤血球の割合が少なくてすむようになったと理解すべきだと考えている。簡単にいえば、男性選手が女性化しているということだ。その証拠に、女性選手では、「スポーツ貧血」という現象がほとんどみられない。女性はもともと血液が流れやすいからだ。そして女性が、人生という本当の耐久競技でも、「勝者」になると、私は思っている。