蓄尿が普及しない理由

 

 ところが、この自宅で行なう蓄尿は、日本ではほとんど普及していません。

 

 その理由は、患者さんにとっても医師にとっても蓄尿がわずらわしいことだからです。患者さんに蓄尿の利点を説明すれば喜んでやってくれるでしょうが、医師は蛋白摂取量などを求めるために計算をしなくてはならず、時間がかかります。

 

 さらに経済面でも、二四時間蓄尿の分析は医療側にとって引き合わない検査です。今の保険制度では生化学検査の項目数が増えると検査費用は医療側の負担となります。一回の診療で一○項目の保険点数一四〇点二四〇〇円)までしか請求できません。それ以上検査項目が増えても一〇項目の点数のままです。慢性腎不全の診療では、血液化学ですでに最低一〇項目程度の検査が必要なので、蓄尿での五~六項日の生化学検査についてはまったく保険点数がつかないことになります。検査のための医療費は支払われず、検査の試薬代も支出されません。これも蓄尿が普及しない理由です。

 

 午前九時から二一時までの三時間に、高血圧の患者さんなら三〇人以上診るのが普通ですが、腎不全の患者さんばかり診ていたら一〇~一五人しか診ることができません。外来の医療費は診た患者数で決まるので、収益の上がらない腎不全診療は敬遠されがちです。

 

 「苦労して透析療法に至るまで期問を少しばかり引き延ばしたとしても、それが患者さんの一生でみて患者さんの利益になるだろうか」という考えもあります。

 

 このような考えは、治療により得られる患者側の利益が少なければ聞くに値するでしょうが、患者さんと医療側が苦労した成果はかなり大きいものです。

 

 保存療法をうまく実行すると今までの腎不全進行速度を約三分の一に減速することができます。透析導入を先延ばししたときの医療費節減については、この章のはじめの方で述べたとおりです。

 

 すでに「一時しのぎ」の治療ではなくなっています。

 

 透析療法はたしかに画期的な治療法ですが、5、6章で述べるように患者さんの内面まで立ち入るとこれほど歓迎されていない治療はありませんO私の診療を受けていて残念ながら透析療法に入った患者さんに聞くと「透析療法を受けている現在のほうがよい」という人は1人もいません。「もっと熱心に保存療法に取り組めばよかった」「このような治療があるのを知ったときは、もう透析寸前の状態だった」と後悔している人が大部分です。

 

 医療費が節減され、患者さんも歓迎する腎不全保存療法を「割に合わない」状態のまま、今の保険制度で放置している国の姿勢ももちろん問題です。

『腎臓病の話』椎貝達夫著より