食事療法

 

 私が腎不全保存療法を始めた一九八七年当時は低蛋白食がきわめて重視され、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)が発売されたばかりで腎保護薬としての効果はあまり認識されていませんでした。またもう一つの腎保護薬のアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)はまだ発売されていませんでした。

 

 その当時に比べ、進行を抑制する主な治療法は表7-1に示すように三種類から七種類に増加しています。

 

 治療法が多様化したことで、食事療法は始めた当時に比べ、相対的にもその必要性が低くなっています。世界の腎不全保存療法についての論文でも、食事の蛋白摂取量などの指示内容については書いてあっても、その食事療法が行なわれた裏づけとなるデータはまったく発表されない論文が増えています。

 

 しかし、食事内容についてまったく考慮しなくてよいかというと、そうではありません。

 

 図7‐4に示すように、蛋白制限はいろいろなメカ几スムで腎不全進行抑制に作用します。

 

 患者さんのエネルギー摂取量については、糖尿病ばかりでなく、慢性糸球体腎炎や腎硬化症でもよく把握しておく必要があります。

 

 また、食事中のリン制限・食塩制限も腎不全進行を抑えると推定されます。とくに食塩制限は腎不全の強い進行因子である高血圧をよく下げます。リン摂取量と食塩摂取量のどちらも蛋白摂取量とよく相関するので、適度な蛋自制限だけで同時にほかの二つの食事性の進行因子を抑えることができます。

 

 糖尿病性腎症にもとづく腎不全や、それ以外の原因による腎不全の進行を抑え、透析療法に入らない患者さんを増やすには、食事療法がなくてはなりません。

 

 蛋白、エネルギー、食塩、カリウム、リンの制限目標値を示しました。

 

 蛋自制限 身体は蛋白で構成されています。身体のなかで蛋自は合成と分解がくり返され、蛋白分解により生じたアミノ酸は蛋自再合成に利用されます。しかし、一部の蛋白は分解され、尿中や便中に排泄されてしまうので、失われた蛋白は食事により補う必要があります。

 

 蛋白は身体に貯蔵されないので、蛋白摂取が過剰なら窒素の排泄量が増し、また蛋白が不足すれば窒素排泄量は減って身体の蛋白量は一定に保たれます。

 

 健康な成人の蛋白摂取量の推奨量は〇・九三グラム/標準体重キログラム/日とされています。小児期-成長期は急速に成長するためこれより多くの蛋白摂取を必要とします。

 

 蛋白を多く摂るとそれが腎臓の糸球体への負荷となり腎不全の進行をうながすと考えられます。また、高蛋白食は蛋白尿を増加させ、それも進行をうながすと考えられます。尿毒素が増えることも進行につながると思われます。

 

 しかし、蛋白制限が腎不全の進行を遅くする効果は世界的に十分に認められているわけではありません。

 

 患者さんで蛋白制限の効果をみた試験の結果がまちまちなのは、蛋白制限を実行するのが難しいためです。薬の効果をみるには毎日の服薬をきちんと行なえばいいのですが、蛋白制限は毎日三度の食事に注意を払わなければなりません。それが何か月も、ときには二年以上も続けないと効果はわからないのですから、かなり根気のある人でないと被験者にはなれません。

 

 低蛋白食の効果をみる試験はイギリス、フランス、デンマーク、米国等で行なわれ、進行抑制効果はあるというものと、ないというものに分かれます。一つ一つの論文で食事がどのように管理されていたのか詳細に記述されているものもありますが、大部分は不十分な記述で食事管理の評価ができません。

 

 そのなかでかなり正確に行なわれたと思える試験では、低蛋白食を摂取した人の方が普通食群を摂った人よりも腎不全の進行が遅いという結果が得られています。

 

 日本人は規律をよく守り、集中力のある国民です。三年前に終了した「JAPAN-KD予備試験」での蛋白摂取量です。この試験はACEI・ARBという腎保護薬服用の際、低蛋白食にしておいた方が進行がより遅くなるかをみるものです。患者さんを低蛋白食群と通常蛋白食 群に無作為に分け、蛋白摂取量について一年間の比較をしていますが、見事に二つの群に分かれ、ほとんどの時点で両群間に有意差がみられます。低蛋白食とするとカロリー不足が生じやすいので子が、このとき求めたカロリー摂取量には両群問に有意差はありませんでした。この試験は予備試験であったため、一年間で終了し、低蛋白食の効果をみるには至りませんでしたが、それでも日本の患者さんがいかにきちんと指示を守ってくれるかが表われています。

 

 食事療法の効果をみる試験として、現在、TJAPAN-KD試験本試験と糖尿病性腎症・低蛋白食試験が日本で進行中です。

 

 食塩摂取の制限 食塩摂取量が多いと血圧が上昇し、間接的に腎不全の進行を速くしますが、それとは別に尿蛋白排泄量を増やし、その結果、進行が速くなる可能性もあります。

 

 私の患者さんでは、蛋白〇・ハグラム/標準休重キロが立派に実行できていても、そのうち一日七グラム以下の食塩制限が守られている人は六〇%前後で、四〇%の人は七~匸一グラムでした。日本人には蛋白制限より食塩制限の方が難しいようです。

 

 腎臓病で受診した患者さんのなかには、「自分は塩気の強いものが好きだったので腎臓病にかかった」と思い込んでいる人がいますが、食塩摂取が多いと腎臓病が発症するというデータはありません。日本人の食塩摂取量の平均値は一九七五年の一日一三・ニグラムをピークに減少し、二〇〇三年は一日一丁ニグラムです。厚生労働省の椎奨値は一日一〇グラムですが、欧米の推奨値一日平均食塩摂取量六~七グラムよりかなり多い状況です。

 

 リン摂取の制限 血中のリン濃度が高いと副甲状腺ホルモンの分泌がうながされる二次性副甲状腺機能亢進症になり、骨の異常、血管壁へのカルシウム沈着の原因になる。しかしそれだけではなく、高リン血症が腎不全の進行を速めている可能性もあります。

 

 蛋白含量の高い食品ではリン含量も高いので、蛋白制限の効果とリン制限の効果を分離することは難しく、リンの腎不全進行への関わりについては三〇年も前からいわれていながらいまだにはっきりしません。

 

 骨や血管への影響とともに腎不全進行因子の可能性から、私は血清リン値を四・五ミリグラム/デシリットル以下を目標としたリン制限を指導しています。

 

『腎臓病の話』椎貝達夫著より