垣根がなくなった医薬品業界

 医薬品業界でもあらゆる垣根がなくなった。臨床試験が国境を越え、日米欧のどの国で行われようと、そのデータが相互採用され、「医薬品」として承認される。ファイザーバイアグラが6ヶ月というスピードで国内認可となったのもその背景があったからだ(通常2年)。つまり新薬の「世界同時発売」が可能となった。

 

 メーカー系列といわれた医薬品卸業界も系列の求心力が希薄になり、合併再編が相次いでいる。すでに病院との価格交渉は、卸の手に移っており、「系列網」「価格(値引き)交渉」という日本的商慣習の崩壊も外資系進出に拍車をかけた。

 

 今後、外資系とのM&Aが進廿とすれば、1社まるごとというより、部門ごとになるケースが多くなる、との見方は強い。それを加速させるのが「分社化」の容認だ。現行の薬事法は新薬の開発を製造の一環とみなしており、開発と製造の一体化を義務づけている。このため、製薬企業の経営戦略の自由度が狭まり、製造設備を持たない企業はまったく進出できなかった。

 

 厚労省は03年度に薬事法を改正し、02年の国会で改正法案を提出することを決めた。開発と製造の分離が可能になれば、開発部門を分社化し、他の企業と合併したり、複数の製薬企業が製造部門だけを統合したりできる。この狙いは、ゲノム創薬を目前にして少しでも経営戦略の多角化を押し進めようというものだ。しかし別の見方をすれば、分社化後の製薬企業は、M&Aの格好の対象となりそうだ。

 

 結果的にご破算になった大正製薬田辺製薬の「日の丸連合」合併劇は、株安による時価総額の減少による外資系の買収を恐れてのものだったが、株安状況は未たに続いている。株安での外資の日本企業買収は、ここ2~3年前から外資系進出の常套手段になっている。

 

 その目が製薬企業に向けられた。

外人持ち株比率の上昇が示すもの

 日本の製薬企業にじわりと外資系が参入しつつある。それを示す現象として製薬企業の外国人持ち株比率が上昇していることが挙げられる。01年3月期と9月期を比較してみると大手製薬企業10社のうち7社が3月期時点を上回り、中外製薬山之内製薬は過去最高の44%台に達した。医薬品業界は、各業種の景気低迷にもかかわらず高収益を維持し、投資妙味が相対的に高まったことが理由だが、それだけではない。

 

 株主の国際化は世界市場で生き残れるかどうかを迫る現象であり、株主の中には外資系製薬企業が含まれていると思われるのである。実際、12月にロシュヘの傘下入りを発表した中外製薬は、肘年9月期の時点で外国人持ち株比率44・4%に達していたのである。その意味では、44・7%の外国人持ち株比率である山之内製薬が、いつ外資系と提携・合併するか注目される。外国人持ち株比率は、製薬業界の合併・買収(M&A)を通じた再編を後押しする指標ともとられるのである。

 

 ちなみに山之内製薬は、日本生命に替わってステート・ストリート・バンク・アンド・トラストという外国人投資家の証券保管・管理会社が筆頭株主塩野義製薬中外製薬は、米系投資顧間会社キャピクルーリサーチーアンド・了不ジメントが、それぞれ20%で筆頭株主になっている。製薬企業でも、このような機関投資家が大株主に名を連ねることが多くなった。

 

 機関投資家は、世界に通用する経営、技術を持つ企業に対して、純投資が目的としているが、投資した以上は、投資先の経営に積極的に関与するのが欧米流。日本的な持ち合い株主ではない。

 

 「基本的に外国人株主が増えるというのは怖い部分もあるが、それだけ株主の信頼に応えなければならない、という責務も重い」

 

 と、ある製薬企業の幹部がいっていたが、株主権への意識は欧米の方が断然強い。しかし、金融業界で見られたように美味しい部分だけ容赦なく吸い上げるのも欧来流の経営だ。

 

 日本市場への関心の高さを示す動きはまだある。ヒトゲノムを解読した米セレラ・ジェノミクスが、皿年日本法人を設立したのだ。同社が米国外に現地法人を設立すのは初めて  である。同社は来国では解読デー夕の提供だけを業務としているが、日本法人「セレラ・ジェノミクス・ジャパン」は、制約企業からゲノムを活用した医薬品の研究開発を受託する事業を始める。つまりゲノム創薬を日本市場で展開しようという本格的な進出である。

 

 ゲノム創薬などバイオ産業の日木市場の規模は、1999年の1兆2000億円から2010年には呪一兆円に拡大すると予測されている。実際、ゲノム解読で、体質の違いを遺伝子レベルで解析し、より効果的な医薬品を投与するという「オーダーメード医療」が脚光を浴びているが、このテーラー向け新薬をノバルティス・ファーマ(スイス)、アストラーゼネカ(英)が、一歩先んじて日本市場での発売を目指している。

 

 特定遺伝子がつくるガン増殖に関係しか酵素に作用する抗ガン剤で、ノバルティスファーマは、成人白血病の2割を占める慢性骨髄性白血病アストラゼネカは、肺ガンの8割以上にあたる非細胞肺ガン向けの新薬だ。

 

攻勢をかける100億ドル企業

 東京国際フォーフムでスイスに本社を置くノバルティスーファーマのトーマス・エベリング最高経営責任者(CEO)は、日本の製薬企業やバイオ関係者に向かってこう発言した。「ビジネスのパートナーとして、ぜひ我々を選んでいただきたい」。

 

 言葉は穏やかだが、これは合弁、合併・買収(M&A)、業務提携、資本参加を視野においたものだった。外資系製薬企業は、今、アメリカに次いで第二の市場である日本に攻勢をかけている。ファイザー製薬やグラクソースミスクラインなどの日本上陸組の老舗は、すでに日本国内での販売網を確立しているが、新規参入組は虎視眈々七日本の製薬企業と提携すべく物色に余念がない。トーマス・エベリング氏の意図は多くの外資系の考えを代弁したものだ。

 

 すでに銀行・証券・消費者金融などの金融、自動車、レジャー(ホテルやゴルフ場も含む)では、外資系が買収したか、あるいは資本提携が進んでおり、次のターゲットは製薬企業といわれている。

 

 これまで外資系が買収した日本の製薬企業は、エスエス製薬(独ベーリンガー・イングル(イム)、万有製薬(独メルク)、北陸製薬(独BASF↓来アボット)、そして最近になって中外製薬とロシュ (スイス)との合併劇があった。日本の製薬企業は、他の業種と同様着実に外資系製薬企業に狙われている。ただ日本の製薬企業の経営形態がどうなろうとも国民にとって良薬が提供されれば、それで良いということに変りはない。

 

 すでに日本の製薬企業は、世界の大手企業の後塵を拝している。グラクソとスミスクラインが合併した、ダラクソースミスクライン(萸)175億ドル、万有製薬を傘下にしているメルク(米)工74億ドル、ワ?ナ土フンバートと合併したファイザー(米)は148億5900万ドル、アストラゼネカ(英)148億340几カドル、プリストルーマイヤーズスクイブ(米)143億ドル、アベンティス(独/仏)126億8800万ドル、ジョッッッーエッドージョンソン(米)107億ドル、巾外製薬を傘下におさめたロシュ(スイス)106億2700万ドル、ノバルティス(英)100億5t上00万ドルといった売上高100億ドルを突破した、あるいは届きそうな外資系製薬企業が世界を席巻している。

 

 これに対して、武田薬品工業だけが、売上高9634億円(01年3月期)で100億ドルを超え、世界10位~15位に入っているに過ぎない。2位の三共は5450億円、3位の山之内製薬4579億円では、巨人と子どもの戦いである。

臓器移植と再生医療とクローン動物

 植物も動物も、すべての生物が細胞からできている。受精卵から細胞が分化し、肝臓、腎臓、心臓、骨格、神経、血管などの各細胞が生まれる。臓器移植といった場合、私たちがすんなり受け付けているのが、輸血である。その輸血にしても、個体と個体との違いは血液型の違いになり、血液型が異なれば輸血(臓器移植)はできない。異なった血液型を輸血すれば、それは最悪の場合死亡につながる。

 

 ヒトは自己と他を識別する能力を持っており、これが臓器移植の場合、最大のネックになっている。裏返してみれば、それはヒトとしての他の異物の侵入を防ぐ防衛システムなのである。免疫監視機構というヒト本来に備わっている機能は、他人の臓器を排除し、その範囲は親子、兄弟にも及ぶ。一卵性双生児でない限り、完全に主要組織適合抗原群(MHC)が一致することはなく、臓器移植の手術そのものが成功しても、その後の拒絶反応が心配されるわけである。

 

 これが自己細胞から増殖された臓器移植であるならば、間題はない、というのが究極の再生医療である。

 

 02年工月3日、英PPL社は、ヒトに移植しても拒絶反応の少ないクローン豚を5匹誕生させた。今回のクローン胚は臓器移植用に開発されたものだ。クローンとES細胞の技術を組み合わせれば、患者が自分の体細胞を使ってクローン胚を作り、そこから分化する能力のあるES細胞を取り出寸ことは、理論的には可能だ。

 

 しかし、子宮に戻せば一人の人間となる胚を臓器の手段にすることになり、生命倫理上間題があり、英国を除いてヒトクローン胚の作成は、禁止されている。これに対し、脉はすでに心臓弁がヒトヘの移植に使われたほか、糖尿病治療に不可欠なインスリンも抽出されてきた。免疫拒絶反応の克服に向けての研究が進めば、臓器不足解消の決め手になるかも知れないのが、クローン豚だと評価は高い。 

 

血管の再生と新生

 血管は動脈、静脈、毛細血管があり、また体の部位によって大さも様々だ。それらがどのようにコントロールされて形成されているのか、よく分かっていない。血管内皮増殖因子(VEGF)などのエフリン、ニューロピンなどの多くのサイトカイン(細胞が作るたんぱく質のシグナル物質)が同定され、解明が進んでいるが血管を再生するまでには至っていない。

 

 これに対して、血管新生という言葉がある。血管新生は、毛細血管が分岐したり伸長したりしてできる現象のことをさす。ケガや病気で組織が損傷すると、血管新生が起きる。たとえば、女性では毎月の月経前に子宵内膜が形成され、妊娠時には胎盤が形成される。この時に血管新生が起きている。

 

 正常な血管新生は、促進因子と抑制因子のバランス上に成り立っている。先のvEGFは促進因子、トロンボスポンジンなどが抑制因子であることが分かってきた。これらの因子のバランスが崩れると、必要の部位で血管が新生してしまう。ガンが成長するのが、血管新生ということまで分かっており、新医薬品がこの血管新生をターゲットに研究されている。

 

 血管新生阻害剤は、一般には抗ガン剤よりも毒性が低く安全性が高い。しかし、阻害剤だけで効果的にガンを叩けるわけでもなく、従来の手術や放射線療法・化学療法との併用になるようだ。現在米国で臨床試験に入っているのは、みな血管新生m害剤だ。

 

 ジェネンテック社は、vEGFを抑制するモノクローナル抗体で、対象は乳ガンと大腸ガン。ロシュ、シェリング社は、vEGFを抑制するたんぱく質で、対象は様々な腫瘍。スージェン社もvEGFを抑制する合成化合物で、対象は大腸ガン。

 

 日本では、大阪大学医学部の森下竜一助教授が、「HGF遺伝子」を用いて血管新生の遺伝子治療に取り組んでいる。HGFは、肝細胞増殖因子として発見されたが、ほとんどの臓器細胞の壊死を防ぐ効果が分かってきた。肝硬変などの肝臓病、腎臓病、肺疾患、消化器病、循環器病などに有効だとされる。

 

 森下助教授らの治療法は、HGF遺伝子を入れたプラスミドDNAというベクター(運び屋)を直接、足の静脈に何力所か注射するだけのもの。HGFが血管の内皮を増やし、血管の新生を誘導するという。血管が増えると末梢神経にも血が通って、壊死を防ぐというわけだ。森下助教授らは、閉塞性動脈症を手がけているが、心筋梗塞などの循環器系の治療にも乗り出す。

皮膚再生はここまで進んだ

 この分野では、皮膚の再牛医療が一歩先んじている。皮膚科や形成外科を中心に、主に火傷などの治療で発展してきた。皮膚細胞は、シャーレ上で培養し、単層に増殖させることは可能だが、コラーゲン布(生体たんぱく質で作った布)や膜を基盤として、その上に表皮細胞を培養、増殖させることで再生皮膚を作ることができる。それを患部に移植するとコラーゲン膜は、時間経過とともに体内に吸収され、細胞だけが生着し、本来の皮膚となって再生される。

 

 切り傷や擦り傷なら、たいていI週間以内で傷口は治り、数ヶ月も経ては傷口も分からなくなる。皮膚は身近に実感できる再生能力を体現する組織だ。ただし、あまりにも深い傷口は再生できず、人工皮膚培養、皮膚移植にならざるを得ない。

 

 皮膚は、体表面側から表皮、真皮、皮下組織で構成されており、表皮と真皮の間には基底膜がある。また表皮の最外層は、表皮細胞が角質化した角質化細胞で覆われている。皮膚は、外界からの化学的・細菌的な攻撃に対ずる重要な臓器であり、体表面積の半分以上が損傷を受けると、生命の危険に侵されることになり、すぐに救命措置が必要となる。医学的には「熱傷救急」という。

 

 皮膚再生の場合は、角質化表皮細胞を人工培養でき、これを培養表皮(表皮細胞を培地中で人工的に培養し、シート状に増殖させたもの)と呼んでいる。自家培養表皮は拒絶反応が起きず、多くの熱傷患者が救われている。ジェンザイム・ティッシュ・リペアー社によって販売されている。

 

 真皮にある繊維芽細胞を培養したものが培養真皮。繊維芽細胞は、角質化細胞のように自らシート状になる性質がないので、培養してシート状にするには、何らかの担体が必要になる。この担体をマトリクスという。培養表皮などは単層の薄い膜であり、破れやすい。そこで担体であるコラーゲンなどで作った布の上で増殖させることにより、丈夫で扱いやすい培養表皮を得ることが可能になる。

 

 コラーゲンを酵素処理したアテロコラーゲンのスポンジや生体吸収性の高い分子などがマトリクスとして用いられている。このマトリクスに繊維芽細胞を播き、培養したのが最近の培養真皮。培養真皮を傷口に貼ると、しだいに人エマトリクスが吸収され、繊維芽細胞が真皮様マトリクスを再生する。

 

 繊維芽細胞から分泌される塩基性繊維芽細胞増殖因子などのサイトカインの働きで、いくつもの層が重なり合った表皮細胞の増殖も促進され、皮膚が再生される。自家培養では なく、同種培養真皮という。アドバンスーティッシューサイェンス社(来)から発売され  ている。また、培養真皮の上に角質化細胞を重ね合わせて培養した培養皮膚は、オルガノジェネシス社から発売されている。

 

 培養表皮、培養真皮、培養皮膚は、重症熱傷、床ずれ、糖尿癇性潰瘍などの再生医療に効果を発揮している。緊急火傷の場合は、時間との勝負になる。現在では8割の皮膚が火傷を負っていても、再生医療によって修復延命できるという。

幹細胞(ES細胞)の研究発表相次ぐ

 京都大学医学部は02年1月30日に血管再生研究計画を文部科学省に提出した。同研究計画は、ヒト胚性幹細胞から血管を作るというもので、ES細胞を利用した治療研究の実施を国に申請したのは、信州大学(心筋細胞再生)に続いて2番目。

 

 研究はオーストラリアのモナッシュ大学から無償でヒトES細胞を譲り受けて培養、血管再生に取り組むとしている。数年後には、再生した血管を心筋梗塞などの患者に移植する治療を目指す。海外から細胞を譲り受けるのは国内ではまだES細胞作成に成功してい ないためだ。

 

 研究を担当する中尾一和教授らは、マウスを使った実験ではES細胞から血管を再生して移植する手術に成功している。現在はサルのES細胞を使った実験を進めており、技術的な目途はついたという。

 

 一方、同じ京大の再生医科学研哀所は、サルの胚性幹(ES)細胞から、神経伝達物質ドーパミンを分泌する神経細胞弋光を感じる網膜の細胞を作り出寸ことに世界で初めて成功している。ヒトとサルのES細胞は特徴がほぼ同じため、ドーパミン不足で運動障害などの症状が出るパーキンソン病や、網膜の病気などの治療につながると期待される。

 

 笹井芳樹教授らは、マウスのES細胞を、骨髄から採取した細胞とともに培養し、神経細胞へ効率よく変化させる方法を2000年秋に間発。これを同研究所の中辻憲夫教授らが作ったカニクイザルのES細胞に応用した。

 

 その結果、10日から12日でおよそ半分の細胞が神経系の細胞に変化し、約30%がドーパミンを作り出した。この細胞をマウスの脳に移植して2週間後に観察すると、約10%が拒絶されずに残っていた。

 

 培養を始めて3週間後、黒い色素を持った細胞が8%現れてきたので調べたところ、網膜の奥にあって、光を感じる視細胞の働きを助ける網膜色素上皮細胞の特徴を持っていることがわかった。

 

 このように研究は意外な発見につながることが多い。ES細胞を利用した研究は日進月  歩で進んでいる。