京大病院人工呼吸器エタノール事件

 京大病院で2000年3月人工呼吸器の加温加湿器に滅菌精製水と間違えて、エタノールを注人したために患者が死亡するという事故があった。河野龍太郎氏の『医療におけるヒューマンエラー なぜ間違えるどう防ぐ』(医学書院)によると、当事者は加湿器の水がなくなったら、調乳室にあるポリタンクの滅菌精製水を使用するよう上司からアドバイスを受けた。ところが、調乳室にあった白いポリタンクにエタノールが入れられていた。このポリタンクと滅菌精製水の入っていたポリタンクは似ていた。間違って、エタノールの入ったポリタンクを患者のベッドのそばに運んでいった。その後、複数の看護師が加湿器にこのエタノールを補充した。ベッドのそばにポリタンクを運んだ看護師は新人だった。この新人看護師に対し、執行猶予付きの禁錮刑が確定した。

 鵤森好子氏は京大病院の看護部長兼院長補佐の立場にある。前記事故とその後の新人看護師の扱いに強い衝撃を受けた。京都大学独立行政法人化したが、以前の制度を踏襲しており、禁錮刑以上のものは解雇するとの規定が残っていた。この看護師は解雇になるところであったが、本人から退職を申し出て受理された。嶋森氏は「禁錮刑になっても、当事者を解雇することなく、雇用し続けることで職場の安全を保つべきだ」と、大学の人事審査委員会に申し出た。また「新人を事故当事者としない卒後臨床研修を」(『看護展望』三〇号、二〇〇五年)で看護師の卒後臨床研修の義務化を訴えた。

 嶋森氏は、日本医療機能評価機構に集められたヒヤリハット事象の取りまとめを担当している。ヒヤリハット事象の当事者は看護師、とくに、新人看護師が多い。新人看護師は実地トレーニング不足のまま、現場に投入されている。現場には新人看護師をかばいながら育成していく余裕がなくなっている。新人看護師を犯罪者にしないために、嶋森氏は卒後臨床研修を義務付けることを提案した。

 京大病院での事故では、伝えられている範囲だけでも、同情すべき点が多々ある。

 ① 彼女の行動は上司のアドバイスに従ったものである。

 ② 極めて間違いやすい容器にエタノールが入れられていた。

 ③ しかも、その間違いの連鎖が続き、他の看護師もエタノールを注入した。

 上司や同僚看護師を含む病院のシステムの責任を、彼女が代わって引き受けたようなものである。

 虎の門病院の看護師長の一人は、「親切のつもりの上司の助言が看護師を陥れることがよくあります。私も何人も陥れそうになったし、実際、陥れましたよ。新人には、上司を信用するなと指導しています」と言っていた。さらに、「そうしたら、新人はどうしたらいいんでしょうね。無理がありますよね」と付け加えた。

『医療の崩壊』より