肉が少ないと……

 

 脳がどれほどトリプトファンを求めているかは、トリプトファン欠乏食を食べさせた動物の脳内のセロトニン量の変化を見ることで分かります。

 

 イタリアのファッダらは、ラットにトリプトファン欠乏食を食べさせ、血中のトリプトファンと脳内のセロトニン量の変化を調べました。すると、血中のトリプトファンは半日くらいでほとんどなくなり、脳内のセロトニンも四日ほど後にはゼロ近くにまで下がりました。

 

 この他にも、サルを用いた実験では、トリプトファン欠乏食を食べさせたサルが非常に狂暴になり、周囲のサルと争うようになることも知られています。サルによっては群れに入ることを好まず、一匹でじっと動かなくなる場合もあります。

 

 ではヒトではどうでしょうか。

 

 アメリカのデルガドらは、うつ病の患者にトリプトファン欠乏食を食べさせ、トリプトファン血中濃度と気分の関係を調べました。これらの患者のトリプトファン濃度はニマイクロモル程度でしたが、欠乏食を食べてから八時間くらいで10パーセント低下してしまったので子。

 

 気分の変化は、ハミルトンのうつ病指数を用いて調べました。これは患者にいろいろ質問し、その結果でうつ病の重度をはかるものです。うつ病指数の正常の範囲は七点以下です。八~一九点は軽度うつ病、二〇~三四点は中等度うつ病、三五点以上は大うつ病と分類されます。

 

 その結果、トリプトファン血中濃度がニマイクロモル以上では軽度のうつに止まるに対して、一マイクロモル以下では大うつ状態になったのです(図7-7)。

 

 ちなみに、健常な人がトリプトファン欠乏食を食べていた揚合は、精神的にやや不安定になったり、うつになったりしますが、あまり変化のない人も多く見られました。

 

 ただし注意すべきことは、先ほど紹介したSSRIを用いた場合、気分がよくなるには服用後四~六週間もかかるということです。セロトニンの変化は、すぐに気分に反映するわけでもないようです。逆に考えると、うつ病の人の気分が、トリプトファンの摂取に早々と影響を受けるのは、驚くべきことだと思われます。

 

 肉を食べないことの脳への影響は、決して小さくないのです。甘いものでよい気分

 

 脳にトリプトファンを運ぶ輸送体は、トリプトファンを脳へ運ぶだけでなくロイシンイソロイシンフェニルアラニン、バリン、チロシンなどの長鎖中性アミノ酸を筋肉に運びます。血中にはこれらのアミノ酸が多いので、輸送体は、もっばら長鎖中性アミノ酸を運ぶために使われています。ところが、長鎖中性アミノ酸を筋肉に運ぶことはインスリンが代行できます。そこでインスリンがあると、輸送体はトリプトファンを脳に送り込むことに専念できるのです。

 

 つまりインスリンがあると、トリプトファンが効率的に脳に摂り込まれるのです。インスリンブドウ糖を摂取することで分泌されますから、肉とともに糖分、砂糖などを摂るのが望ましくなります。欧米では食事の後でデザートとして甘いものを食べたり、コーヒーに砂糖を入れて飲んだりしますが、これはまことに理にかなっているのです。

 

 肉を食べた後に甘いコーヒーなど、ダイエット中の人には考えられないでしょう。しかし脳のためには、むしろ推奨されるメニューなのです。

『脳の栄養失調』高田明和著より