腎臓動脈主幹または分岐のアテローム硬化


腎臓は精製・排泄することによって体液の量と組成を一定に保ち、体内の細胞や組織が生きていくための内部環境を保持しています。多く水を飲んだり食べ過ぎたときは不要の分だけそれらの代謝産物を多く排泄し、逆にそれらの摂取が不足するときは尿からの排泄をできるだけ減らして、体液量の欠乏をできるだけ少なくしようと調節しています。
その働きは、一個の腎臓に約1000万個ある糸球体からの血液ろ過と、各糸球体につながる尿細管によって水分などが必要なだけ再吸収される事によって調節されています。水やナトリウムは99%が再吸収を受け、尿として排泄されるのは糸球体から濾過される量のほんのわずかに1%に過ぎません。糸球体は毛細血管が球状に丸められた構造をしており、血液を結球成分と化粧タンパク質を残してそこでろ過するため、他の部位の毛細血管よりも高い圧力で血液が流れる仕組みになっています。濾過には60ミリ水銀柱以上の圧がなくてはなりません。糸球体毛細血管は輸入臍動脈から枝分かれし、その先は静脈ではなく輸出細動脈につながるという特異な構造となっています。
また、腎臓には心拍出漁の5分の1という、その重量の割には多量の血液が流れますが、これも腎臓の尿精製機能に必要な血流配分です。糸球体毛細血管まで血圧をあまり落とさず、多量の血液を送り込むための腎動脈系の構造と腎循環の特徴が、高血圧がある場合に腎臓が障害を受けやすい理由になっています。大動脈から枝分かれした腎動脈が短い距離で糸球体に達するので、血圧の下降が少ないのです。
アメリカのゴールドブラットは、本態性高血圧で死亡した人の全身の臓器を調べたところ、腎臓の動脈降下所見だけが強い例が多いので、腎臓の血液循環不良が本態性高血圧ではないかと考えました。その考えを確かなものとするために、彼は犬腎動脈を機械的に狭窄して、ヒトの本態性高血圧に似た高血圧をつくり出すのに成功したのです。
高血圧の重症度を問題にする場合、腎臓障害の有無が重要な判断の根拠となります。尿タンパクは陽性の場合と院生の場合がありますが、高血圧の再重症型では中等度または高度のタンパク尿が見られます。腎臓の機能が低下してくると血中のクレアチニン尿素窒素が上昇します。尿タンパクが陰性の場合でも、腎臓能低下のために血中クレアチニンなどが上昇することも稀ではありません。
腎動脈硬化による腎疾患を腎硬化症と言いますが、これを臨床医が病名として使うことはほとんどありません。腎臓の病理学的所見としてこの病名が用いられますが、3つに大別されます。動脈性腎硬化症、細動脈性腎硬化症、悪性腎硬化症です。動脈性は腎臓動脈主幹または分岐のアテローム硬化に起因するもの、細動脈性は細動脈特に糸球体の輸入臍動脈の病変が著しいもの、悪性は細動脈壊死性または増殖性炎症所見が見られます。前二者は混在していることも少なくありません。高血圧と関連の深いのは、細動脈性腎硬化症と悪性腎硬化症です。
腎臓の障害が進行すると、それが高血圧をさらに助長するという悪循環ができます。高血圧より固定性となります。その昇圧の仕組みは、ナトリウムと体液の貯留、レニン‐アンジオテンシン系の活性化、あるいは降圧物質の生産低下が考えられます。
腎硬化症の進行防止、また高血圧との悪循環を断つために、高血圧の治療は極めて有効です。糸球体腎炎など高血圧の原因疾患がはっきりある場合も、高血圧治療は腎障害の進行を抑え心臓血管系を保護するための有用な手段です。
降圧薬治療の有用性が最初に確認されたのは、悪性高血圧例についてでした。悪性高血圧の腎臓の所見は悪性腎硬化症ですが、放置すると一年以内にその約8割は死亡するものでしたが、高圧治療によってそれが約2割になることがわかりました。すでにその時から30年以上が経過し、降圧薬は当時に比べると格段に進歩しているので、今は治療効果はそれをさらに上回ると思われます。