社会保険は国家による公的制度ではなく、労働者たちの社会的制度


ヨーロッパ各国の医療制度はそれぞれの国の独自の特徴と違いがあるのは当然です。しかし、モデルは大きく分けると次の二つに区分することができるでしょう
すなわち、第一は、普遍主義型モデルと呼ばれるものです。これはイギリスが1942年のベバリッジ報告に基づいて、福祉国家政策を進めたのにちなみ、ベバリッジ・モデルとも呼ばれています。また北欧諸国の制度としてスカンジナビア・モデルなどとも呼ばれています。税金を主たる財源として、国家によりすべての国民と人々、誰にでも医療サービスを提供しようと考えるものです。これは主として、公的医療制度を大きな柱として、行政(公的セクターの病院・診療所)が医療サービスを提供する国(スウェーデンフィンランド・イタリア・スペインなど)と公的セクターは主として病院を担い、自営業の意思が、病院にかかる手前の一般医療をカバーする国などがあります。また、非営利の保険者による自由選択型の医療を提供する国(オランダなど)もこの中に入れる場合があります。
第二は、社会保険型モデルと呼ばれるものです。これは税金ではなくて、強制的社会保険制度による保険料を主たる財源として、保険者団体(自主的組織または政府)が、地域や職能別の社会保険制度に加入している者に、医療サービスを提供するという制度です。日本では、社会保険制度は国が行っているものと考えている人が多く、保険料は税金と同じで、どっちにしろ国に取られる金だと考えている人も多いようですが、本来、社会保健制度と税による医療制度は原理的には違うものです。ひるがえって日本独自の社会保険制度の下で、社会保険庁の民営化という全く奇妙な動きが現在進んでいることはご承知の通りです。
さて、ヨーロッパにおける社会保険型モデルは、1880年代にドイツでビスマルクが初めて導入し、その後各国に広まっていった制度なので、別名ビスマルク・モデルとも言われています。歴史的な発生順序からすれば、社会保険モデルの邦画、福祉国家モデルより50年以上早いのです。なぜ社会保険方式だったのでしょうか。それは当時、社会保険の対象者は、働く男性労働者に限定されていたからです。社会保険制度は、労働者の自主的な共済運動を国が制度として取り組むという、国家の産業振興策に沿ったものだったのです。労働者の権利が、やがて福祉国家における国民の権利にまで拡大するには、それから50年を必要としたとも言えるでしょう。
このように、社旗保険型モデルは基本的に職業別に組織された疾病基金組織を保険者とするものでした。こうしたシステムを国家が監督し、さらには管理・運営するところまで手を付けてきた国が増えてきて、現在に至っているのです。したがって、誤解を恐れずに言えば、本来、社会保険型というのは、国家による公的制度というよりも、経営者や労働者、農民、自営業者など労働に携わる人々の社会的制度であるということであり、制度運営の主体は当事者(保険者団体、患者である被保険者、医療機関及び関係者)であるということが元々の筋であるということです。
社会保険型モデルは基本的に政府による監督と社会保険団体(共済、金庫など)による共同運営(フランス、ドイツ、ベルギーなど)をするものですが、細かく分けると、非営利保険団体の医療サービスを自由選択するドイツのような制度も追加できます。
社会保険医療制度を民間セクターが主要に担う国としては、ドイツ、フランス、オランダ、ベルギーオーストリアなどがあります。これらの国ではほとんどの医師は、社会保険団体と医師団体の報酬協定のもとで年間報酬が決められます。
しかし、以上二つの基本モデルは、いずれも純粋型として存在するものではありません。とりわけ、第三のモデルとしてのアメリカ型の民間主導型の医療サービスモデルの考え方に基づく方式が、東ヨーロッパなどでも部分的に採用され始めています。簡単に言えば、医療の市場化モデルの進出です。これは普遍主義モデルとも社会保険モデルとも異なる、いわば企業保険モデル、あるいは営利保険モデルと言えます。普遍主義型や社会保険型が国民の大多数をカバーするのに対して、アメリカモデルは、医療にアクセスできない多数の国民の存在を容認するあるいは無視するという、非常な欠点を持ったものであることはよく知られるところです。